12月4日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国順次ロードショー
1967年パリ。モードの帝王が見た、天国と地獄――。
絢爛豪華な映像美で魅せる、愛と欲望の10年間。
時代が創った、美しき怪物
監督:ベルトラン・ボネロ『メゾン ある娼館の記憶』
ギャスパー・ウリエル ジェレミー・レニエ ルイ・ガレル レア・セドゥ ヘルムート・バーガーイヴ・サンローランに扮するのは、『ロング・エンゲージメント』でセザール賞有望若手男優賞を受賞して華々しい脚光を浴び、『ハンニバル・ライジング』でハリウッドに進出したギャスパー・ウリエル。常人には見えないヴィジョンを捉える瞳を持つ「美しき怪物」に完璧に変身し、フェロモンたっぷりに熱演した。ルル役には『アデル、ブルーは熱い色』でカンヌ国際映画祭史上初の女優としてパルム・ドールを受賞、『美女と野獣』の大ヒットも記憶に新しいレア・セドゥ。また、1989年のイヴを、名匠ヴィスコンティに愛され、『ルードウィヒ/神々の黄昏』などに主演、近年では『パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト』で印象を残したヘルムート・バーガーが演じる。
監督は、『メゾン ある娼館の秘密』のベルトラン・ボネロ。同時期に製作されたもう1本のサンローラン映画とは、テーマも撮り方も全く違うと胸を張る彼は、サンローラン・スタイルのクリアだが艶と奥行きもある独特の色合いを再現するために全編を35mmで撮影。また、光にこだわったコレクションやナイトクラブ、モンドリアン調のカット割りを施したシーンなど、アートとして楽しめる映像を創り上げた。
果たして、伝説の名のもとに握りつぶされてきた、〈知られざるサンローラン〉その衝撃の秘密とは──?
1968年、アンディ・ウォーホルからコレクションを称える手紙が届くが、イヴにとってはもう過去のことだ。新作のデザインが進んでいるか“監視”する公私共にパートナーのピエール・ベルジェ(ジェレミー・レニエ)の目を逃れ、モデルのベティ・カトルー(エイメリン・バラデ)とクラブに繰り出すのが、イヴの唯一の息抜きだった。
1971年、コレクションは大成功、ピエールは世界中にサンローランの店をオープンさせる。パリの街を「醜くなった」と嘆くイヴは、「次のコレクションは何か新しいことをしたい」と、インスピレーションを求めて、モロッコへと旅立つ。
1972年、オートクチュールの売上はガタ落ち。しかし、常に“新しい”ものだけを生み出そうとする重圧からイヴの感性は限界を超え、アイデアが全く浮かばない日々が続く。そんな時イヴは、ジャック・ド・バシェール(ルイ・ガレル)と出会い、その退廃的な美しさにひと目で心を奪われる。
1973年、カール・ラガーフェルドの愛人でもあるジャックに自ら引きずり込まれていくイヴ。 1974年、イヴの命にかかわるアクシデントが起き、激怒したピエールに脅されたジャックはイヴの前から姿を消す。 1976年、ショーを目前にして1点のデザインも描けないイヴは、遂に人々の前から姿を消すのだが──。
コレクションの一番の話題が、ブランド買収やデザイナーの交代劇となって久しい。いまや投資家のメガビジネスとなったファッションブランドの世界では、デザイナーたちは、華やかな舞台の裏側で、生き残りをかけた過酷なファッションサーキットを闘わねばならない。
マーケティングリサーチ、引用という名のデザインが跋扈する、情報まみれの現代とは全く違う時代に生きたサンローランの創作の歓びと苦悩とはいかなるものだったのか。
時代も彼を後押しした。パリ「5月革命」が起き、あらゆる既成概念が覆され新しい価値の生まれた60年代の要請を受けるかのように彼が発表した、スモーキング、マリンルック、サファリルック、シースルードレスはまさに衝撃的で革新的なものだった。これらは21世紀の今も繰り返し引用される無敵のスタイルとなっている。またアンディ・ウォーホルに刺激を受けた65年「モンドリアン」66年「ポップ・アート」のコレクションは、アートとモードの融合だった。左岸にオープンした初めてのプレタポルテの店「リヴ・ゴーシュ」には、ポップアートドレスが並び、ドヌーヴは映画「昼顔」でデザインしたようなミリタリー調のコートで現れた。
彼は、男性用香水の広告のため気鋭の写真家ジャン・ルー・シーフにヌードでの撮影を依頼し、眼鏡以外何一つ身に着けない広告は大きなスキャンダルとなり初めてデザイナー自身が“ブランドのアイコン”になった。
映画の中でオートクチュールの職人芸を丁寧に再現した、76年「バレエリュス」へオマージュを捧げたコレクションは、エキゾティシズムを取り入れた大胆な色彩や斬新なデザインで最高の賛辞を得た。しかしその後の彼には、常に「死亡説」が囁かれるようになってしまう。イヴ・サンローランは「生きた伝説」になってしまったのだ。
「イヴ・サンローラン」は、2013年時代の寵児であるエディ・スリマンに引き継がれ、その膨大なアーカイブから彼の時代感覚で解釈した新作を“サンローラン・パリ”と変更して発表し、ブランドの人気を再燃させている。
アデュー、ムッシュサンローラン。あなたの偉大なスタイルは永遠に生き続けます。
村上 啓子
編集ディレクター(SPUR,VOGUE Japan,Harper’sBAZAAR編集長を歴任)